SHILISUのすとれーじぼっくす

詩、文章。日記。書いてる人は適応障害。抑うつ状態で休職してましたが復職しました。

☆創作☆改 天使のくれたもの5

天使の卵なんだ。」
「卵?」
「うん。たくさんの小さな結晶がキラキラ光ってる石。カミナリの夜に卵がわれて、雲の中で天使になるんだ。」
 少年の眼差しに相手をからかうような意図は感じられない。まだ幼い少年なのだから、少年は本気なのかもしれない。
「天使っていうと、あの羽根の生えたヤツかい?」
 少しおどけて聞いてみると、少年は少しホッとしたように笑った。笑った顔にハッとした。さっきまでの少年の微笑みには、歳に似合わない憂いが含まれていたのだ。まだ幼いだろうに…、なんて考えを、少年のはしゃいだ声が消した。
「そうだよ。みんな違う色の、綺麗な羽根を持ってるんだ。」
 そうだ、彼の憂いは彼の問題で、僕が口出しできることではない。
「でも、僕は見たことがないな。」
「気づかないだけだよ。天使は、いろんな、たくさんのところにいるんだ。」
 少年は少し眩しそうに目を細めた。行くアテがないのか、先ほどから気まぐれに路地に入り、右へ左へと曲がっているようだ。
 気がつくと、全く知らない風景の中にいた。どこか異国風情の街並みだ。近代的なジュラルミンと硝子の高層ビルに混じって、風変わりな棟飾りのついた廃墟や、ローマ風の柱やアーチが違和感なく佇んでいた。
 そんな中に、一際古い洋館が見えた。等間隔に並んだ窓すべてに硝子はなく、門のペンキははがれ、玄関のドアも外れて落ちている。
 ふと陽が陰り、涼しい風が吹いてきた。ほんの少し雨の匂いがした。
「雨が降りそうだね」
 微かな匂いは少年にも届いたようだった。空を見上げている。
「雨宿りしよう。」
 言うか言わないかのうちに、パラパラと雨粒が落ちてきた。
 少年は洋館へと僕を引っ張っていった。
 不思議な空間が視界に広がった。屋内のはずなのに庭があった。白い壁、蔓延る野薔薇の蔓。硝子張りの天井は鳥かごのような丸屋根で、空からたたき付ける水滴に濡れていた。所々雫が滴っている。扉から点々と続く飛び石は、部屋の中央にある噴水へと導く。噴水は静かに音をたてていて、細い糸のような水が数本、丸底の水盤をけずっていた。
「綺麗だね。」
 噴水の手前までステップをケンケンで進んで、少年はこちらを振り返った。
「こういうトコにいるんだね、きっと。」
「いるって何が?」
「天使だよ。」
 噴水の向こうにベンチを見つけた少年は、それに腰掛けて僕を手招いた。手招くその手は野薔薇の白い花に見えた。