☆SS☆溶けない睫毛
「龍がくるよ」
唐突に垂れ込めた暗雲を眺めて、少年が言った。
「‥‥それって雨が降るってコト?」
訝しげに聞くあたしに、少年はコクリと頷く。
‥‥あたしは、不思議なことに、見知らぬ少年と、海岸へと降りる階段の中程に並んで腰掛けていた。
「雷はね龍の鳴き声なんだよ」
「ん、何かの本で読んだ気がする」
夜の海岸沿いの歩道を歩く人は少なかった。
「ねぇ、何をそんなに泣いているの?」少年はそう言って現れた。
‥‥そう、あたしは泣いていたのだ。
「雨は龍に従うけど、風は神に従うんだよ」
「‥‥へぇ」
この世は考えたくないコトばかりで、あたしは失いたくないモノを失って、手に入れたいモノが手に入らずにいた。目の前の現実に対して、嫌悪と疎外感を感じ、自分を許せずにいた。
「風邪ひくよ」あまりにも唐突で、思わず、涙が止まってしまったのだった。
それから、少年はあたしの隣に座り、あたしたちはしばらく話していた。
潮の音だけがBGMで、少年はくだらない話をつらつらと並べた。あたしもそれに対し、頷いたり返事を返したりして、この奇妙な取り合わせに、少しばかりおもしろさを感じていたのだった。
静かに落ちてくる細かな雨粒が、睫毛に乗っかって、何だか景色が違って見える。
「強くなるね」
「そうね」
ずぶ濡れになるのはイヤだと、立ち上がったあたしは、ジャケットのポケットに入っていたチョコレートを少年に差し出した。
「くれるの?」
「そう、何だかスッキリしたわ。泣いていた理由も忘れた」
「お礼?」
「そうよ」
「ありがとう」
「こちらこそ」
少年はチョコレートを受け取ると、大事そうに胸のポケットにしまった。
少年も立ち上がり、こちらを伺うように見つめると、ニッと笑って「それじゃあ、もう大丈夫だね」と茶化すように言った。
「うん」苦笑するあたしに、少年は1枚の貝殻をくれた。
「さっき拾ったんだ」
「ありがとう」
「こちらこそ」
「‥これじゃあ堂々巡りね」少し笑った。
「‥それじゃあ」
「ん、じゃあね」
「‥‥」
「‥‥ね、君の」
「あんまり泣くとね、睫毛が溶けちゃうんだよ」
「まさか」
そう言って、あたしたちは別れた。
‥‥結局、はぐらかされて名前も聞けなかった出会い。
彼があたしにもたらしたものは、なんだったのだろう。
あれから後にも前にも、あたしの睫毛が溶けたコトはないけれど。
彼のくれた貝殻は、今でも大事にとってある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
SSはショートショートです。
高校生の時に書いたものです。
恥ずかしい。
とても恥ずかしいです。恥ずかしいですがこれからも載せます。
当時、、、今もですが。長野まゆみと吉本ばななにハマっていました。
謎の少年は長野まゆみの影響を。夜の海岸への階段は吉本ばななから。
わかりやすいものです。
けれど、「泣きすぎると睫毛が溶ける」なんて。
我ながら、面白いこと考えましたね。